2007年
4月11日、シングル『ズッコケ男道』を発売。本作よりロック・ポップス系のレーベル「インペリアルレコード」へ移籍する。
5月3日の神奈川公演から9月30日の沖縄公演まで約5か月間をかけ、ジャニーズ事務所初となる、47都道府県すべてを回る全国ツアー(全113公演)を行い、約67万人を動員した。また同ツアーで行われた8月5日の東京ドーム公演のダブルアンコール、トリプルアンコールに元メンバーの内が飛び入り出演し、久しぶりに8人が揃って舞台に上がった。
エピソード
横山以外のメンバーは演奏できる楽器がある。渋谷・安田・錦戸はギター、丸山はベース、大倉はギターとドラム、村上はキーボード、安田・錦戸・渋谷はハーモニカができる。
プライベートでも一緒に買い物や旅行に行ったり、夏のバーベキューやメンバーの誕生日会が恒例行事となっていたり、メンバー同士の絆が非常に深い。
事務所の社長・ジャニー喜多川に「YOU達はどんどんしゃべっていかないと!」と言われている。横山曰く「僕達にはしゃべることしか道が残されていません」とのこと(新堂本兄弟より)
安田曰く「基本的に放置プレイ」なメンバーは、コンサートで自由気ままなトークで暴走することも少なくはなく、社長に「自由すぎだよ!」と怒られることも時々ある。
島田紳助やダウンタウンなどといった、吉本興業の大御所芸人を筆頭に、事務所の先輩・KinKi Kidsら多くの人に「フレッシュさがない」「フリがアイドルじゃなくて若手芸人」などといったことをよく言われる。
グループとしては、かなり苦労している面もある。グループ結成当初は、千人収容の松竹座で行なわれた舞台で3階席に観客が入らなかったり、仕事が少なかった為アルバイトをして生計を立てたり、現在に至るまでに様々な紆余曲折があった。
メンバーが関ジャニ∞としてCDデビューすることを知ったきっかけはスポーツ新聞であり、CDデビューは本人達に全く知らされずに進行していた。渋谷は、デビューの告知をスポーツ新聞で知った友人から『お前、デビュー決まったの?』と言われて新聞を見、そこで初めてCDデビューのことを知ったため「もの凄くビックリした」と語っている。
関西限定デビュー当時、仕事が少なくなっていたり、錦戸が加入しているユニットNEWSなどが活躍する中で、2004年の大阪松竹座での舞台「SUMMER STORM」を公演。その際の打ち上げで、自分達の不安や将来を焼肉屋でメンバー全員大泣き(そこにいた関西Jrももらい泣き)しながら語りあった結果「もう少し一緒におろうや」と3日間ともに過ごす。「3日間も過ごすとは思わんかったから、ずっと同じ服装してて最後のほう皆Tシャツヨレヨレや(錦戸)」「8人全員でラーメン屋のカウンター座ってんのにほかのお客さんは気づかへんし、その後一緒に、自分達のCDが本当にレコード店でおかれてるか確認しに行ったときも誰にも気づかれなかった(横山)」と笑いながら語るが、その3日間のおかげでメンバー全員意気投合し、現在の友好関係にいたる。
グループ内のユニット
関ジャニ∞はグループ内に複数の音楽ユニットや漫才コンビが存在する。ジャニーズ事務所の中で、アイドルとして生き残るために身に付けた一芸が、結果としてユニットに発展したものもあれば、偶然に発生したものもある。CDデビューをする前は特に活発な活動を見せたが、CDデビューをしたのちもすばるBAND・三兄弟を筆頭にコンサートなどで活動している。
すばるBAND(渋谷・丸山・安田・大倉)
渋谷がボーカル・リズムギター・作詞、丸山がベース、安田がリードギター・作曲、大倉がドラムを担当する4人編成バンド。
2002年12月、「関ジャニ8 Xmasパーティー」にて初めてこのバンド体制でステージに立ち、Hi-STANDARDの「My First Kiss」を披露した。翌年、「関ジャニ8サマースペシャル DOUTON BOYS」のショータイムにて、渋谷作詞・安田作曲の初のオリジナル楽曲「Soul way」を歌った。ほかのオリジナル曲に「ONE」「High Position」「Down up↑」がある。またバンド名の漢字表記は『昴番怒』
三兄弟(ユウ・チパ・春゙)
アコースティック・ギターでの弾き語りや、丸山・大倉を加えたバンド形態までこなす音楽ユニット。作詞をユウ(横山)、作曲をチパ(安田)、ボーカルを春゙(渋谷)が担当する。三人は兄弟として、ユウが長男、チパが次男、春゛が三男と設定付けられているが、実年齢はチパより春゛のほうが上である。
2002年、ユウを中心に結成。2003年12月、「関ジャニ8 Xmasパーティー2003」にて初お披露目し、以降、2005年まで毎年12月のクリスマス公演で新曲を披露した。オリジナル曲に「プリン」「アメちゃん」「みかん」「オニギシ」がある。
山田(丸山・安田)
丸山がボケ、安田がツッコミを担当する漫才コンビ。丸山の「山」と安田の「田」で「山田」と名付けた。DVD『Excite!!』にオリジナル漫才「手紙」が収録されている。この二人をまとめて呼ぶときの呼称にもなっている。
関ジミ3(丸山・安田・大倉)
テレビ番組『∞のギモン』の中で公募により命名される。リーダーは大倉である。漫才コンビの「山田」に大きい人(大倉)が入った事から、渋谷が名付けた「大山田」との別名がある。丸山がベース、安田がギター、大倉がドラムを担当する3ピースバンドでもあり、オリジナル曲に「明日」「モナコブルー」がある。
渋谷すばるwith大倉BAND(渋谷・大倉)
渋谷がボーカル、大倉がドラムを担当し、バックバンドにFIVEを据え置いたバンド。2006年8・9月に行われた渋谷と大倉のライブで活動し、楽曲の演奏からアレンジに至るまでほぼすべてFIVEが行った。
松原かずひろ.(渋谷・村上)
渋谷がボケ、村上がツッコミを担当する漫才コンビ。「松原かずひろ」が渋谷で「.(ドット)」が村上を表している。コンサートだけでなく、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』や『ザ・少年倶楽部』などのテレビ番組でもコントを披露した事がある。ちなみに、HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPで漫才を披露した際、あまりにすべったため、それ以来漫才は封印するようになった。1997年にナインティナインの岡村隆史がめちゃ²イケてるッ!の企画でジャニーズJrに入った際、名前のわからないジュニアをとっさに「松原かずひろ」と呼んでいるが、コンビ名の由来かどうかは不明(渋谷・村上ともに大のナインティナインファン)。
作品
シングル
浪花いろは節(関西限定発売:2004年8月25日、全国発売:2004年9月22日)
大阪レイニーブルース(2005年3月2日)
好きやねん、大阪。/桜援歌(Oh!ENKA)/無限大(2005年9月14日)
∞SAKAおばちゃんROCK/大阪ロマネスク(2006年6月7日)
関風ファイティング(2006年12月13日)
ズッコケ男道(2007年4月11日)
イッツ マイ ソウル(2007年10月17日)